第一章-12 指先の感覚

文化包丁を研ぎ終わると包丁と砥石を片付け、父は別の包丁を出してきた。その包丁は木で出来た鞘に収まっていて、鞘を抜くと、そこから細身で長い、まるで小さな刀のような包丁が現れた。その刃渡りは30㎝以上はあっただろう。表面が鏡のようにビカビカに磨かれていて、空気すら切れそうな鋭い包丁だ。これは柳包丁と呼ばれるもので、魚の身を刺身に切るための包丁だと父が教えてくれた。だから刺身包丁とも言うらしい。

父は冷蔵庫から、今夜握るお寿司のための、丁寧に捌かれ並べられた魚を何種類も出してきた。三枚におろされた状態だった。「教えてやるから、ともひろが切れ」父は、浮舟で使っていた分厚い大きなまな板を置き、その上に一枚の魚の身をそっとおいた。
魚の身を刺身や寿司ネタ用に切ることを、「引く」と言うのだと教わった。それは包丁を手前に「引く」ように身を切るからだ。長い刃渡りを全部使って決して包丁を止めず一度に手前に「引く」のだ。父はまな板に横たわる魚の身を素早く引いていく。その芯のブレない姿勢や、機械のように正確で滑らかな包丁さばきに美しくさをも感じた。1mmも1秒も狂わず、静と動が繰り返される。それにはリズムがあることを知った。

「ほら、やってみろ」
僕は柳包丁を渡され、まな板の前に立った。それを手にした時、その血の気も引くような鋭い容姿とは裏腹に、手の平に感じたのは柔らかな感覚だった。包丁の柄は木で出来ているとは言え、その刃とは対照的に優しい温もりを感じる。父が何十年も握ってきた、その歴史のせいだろうか。それとも、職人の作るプロの包丁とはみなこのようなものなのだろうか。おそらく、その両方がこの包丁に鋭く優しい威厳を作り出したのだろう。持ってるだけで、なんだか心が落ち着く気がして、この包丁なら綺麗に刺身を引くことが出来る。そんな、なんの根拠もない自信すら湧いてくる。

両足を肩幅に広げて右足を半歩後ろに引く。まな板に対して直角に包丁が当たるように足の位置を決め、姿勢をつくる。脇を締めて目線はまな板の上にある魚の身に合わせるが、意識は魚に添える左手の指の腹と、包丁を持つ右手の指先に集中する。目で見て切るのではなく指の感覚でまっすぐ躊躇うことなく包丁を手前に引くのだと。そう、父から教わった。
緊張しながら包丁の刃の根元を魚の身に当てると、包丁の重みと刃の鋭さが、摩擦など存在しないくらいに、スッと魚の身に吸い込まれていく。その瞬間にそのまま一気に、光る刃を手前に引く。包丁を握る右手の指と手首に力が入る。右手だけに力が入ってると思っていたが、知らぬ間に左手にも力が入っていた。“えっ?”包丁の刃が真っ直ぐに進まない。左にそれるのである。

「ともひろ、この包丁は片刃や。よく見ろ、右側だけ研いであるやろ。だから普通に切ると刃が左に行こうとするんや」
確かに刃の右側だけ角度があって左側は真っ直ぐだ。
「いいか、親指と人差し指だけで包丁の刃の根元を挟む感じだ。他の指は添えてるだけ。そんで、親指と人差し指の指先に神経を集中して刃先をコントロールするんや。左手は魚にそっと触るだけや。押さえたらあかん」
父は包丁の刃の根元を親指と人差し指の二本だけで持ち、魚の身を引いて見せた。
「ほら、こんな感じや」
いとも簡単に魚の身は綺麗に薄く切れた。右手の二本の指だけでだ。しかも左手は魚に触れていない。

今まで、僕が使ってたのは家にある文化包丁で、それは両刃だったから、片刃の包丁はすごく使いづらかった。片刃と言うのは、まったく言うことを聞かないのだ。
「さっき包丁研いだ時、指先に集中したやろ。その時と同じや。指先の感覚に集中するんや。そんで、ためらったらあかん」「その時、両足の親指や。親指とその付け根あたりで地面を感じとらんとあかん」
ただ魚の身を薄く切るだけなのにこんなにも難しいのか。いや、難しくしてるのは片刃という、真っ直ぐに切れない包丁のせいではないか。そんな疑問を父にぶつけた。
「片刃は左側はまっすぐで右側にだけ角度がある。右から左に押すように対抗があるから、刃が左に行こうとするんや。その代わり両刃より、片刃の方が刃が鋭い。片刃の方が断然よく切れるんや」「だから、片刃の包丁で切った刺身は美味い」と、父はすぐに返答した。
“なるほど”父の説明に僕は納得した。だから技術が必要なのだということを。

僕は父に見守られながら、たくさんの魚を切り分けた。慣れてくると指先の感覚が研ぎ澄まされ、包丁の刃との一体感をも感じるようになる。そして魚の身の硬さも弾力も繊細に伝わってくる。鯛と鮪では、包丁の刃を通してでも身質が違うのを感じ取れた。刃が魚の身の、その繊維を切り分けるのを感じた。片刃を指先でコントロールして左にそれないように出来た。僕は、片刃の包丁を支配出来た、ような気になってた。なんだか、プロの料理人に近づいたようで嬉しかった。

僕の誕生日はこうして、僕が切った魚を父が握るという親子共作のお寿司を家族みんなで食べた。不揃いに切られた魚の身は、父のおかげでそこそこ綺麗に盛り付けられていた。
この日は興奮してなかなか寝られなかった。指先の、あの感覚が忘れられなかった。布団に入り、目を瞑って両手の指先の感覚をいつまでも思い出して、頭の中で刺身を引いていた。
案の定、翌朝起きれず、危うく学校に遅刻しそうになり走って学校に駆け込んだ。チャイムが鳴る2秒前。ギリ、セーフだった。

つづく