第三章-4 内定通知書

夏休みが終わると、登校する生徒が気のせいか少なくなってる気がした。空席がちらほらと目立つようになり、廊下の人通りもなんとなく減ったような、そんな気がした。担任が言うには、毎年夏休みを境に学校を辞める子が少なからずいるのだと。そして今年は多い方かもしれない、と眉毛を八の字にして残念そうに言った。

僕は料理人になりたくてこの調理師学校を選んだのだけれど、中には親に言われて仕方なく通っている子もいるらしい。親が息子に店を継がせようとしてのことだという。僕は、親の店を継げるだけでも羨ましいし、それより入学に100万円以上もかかるのに、途中で辞めるなんてあり得ないとも思った。

さらに先生は話を続ける。 「料理は習いたいけど勉強は嫌いだと言う子もおるんやで」と。 そう言う子は、授業そのものが苦手だし、基本の繰り返しに退屈するのだろうと、ふっとため息をついた。ここにいるみんながみんな、同じ思いではないらしい。 幸いに僕の寮では誰一人の離脱者もおらず、情熱が冷めないまま共に同じ屋根の下で夢を語り合う日々が続いていた。僕は環境に恵まれているのかもしれない。 僕だって、毎日毎日包丁研ぐだけでは退屈だし、勉強も好きな方ではない。でも、仲間と夢を語り合う時間はこの上なく楽しいし、希望に満ち溢れているこの感覚は何ものにも変え難い。だから一度も学校を辞めたいなんて思ったことなどない。 僕は当然のように夏休みが終わっても学校に通っている。

「それはそうと」と先生は急に話を変え、僕に面接に行ったレストランから結果が届いているので、後で職員室に来いと言われた。 僕はドキッとした。とうとう、あの時の結果が来た。内定もらえますように、と心の中で密かに祈った。

授業が終わって、職員室に行き、信田先生を探した。信田先生はちょっと小太りなのですぐに見つけられる。先生が僕に封筒を手渡す。レストランのロゴが金色に輝く、厚手の紙に少しおののいた。こんな高貴な封筒に触れたのは初めてなので、これを切り裂いて中身を出すとことに若干の抵抗を感じた。
「はよ、開けてみいや」と先生に急かされ、僕は慌てて封を切る。
中から、封筒に負けず劣らずの紙に、内定通知書というタイトルが明朝体で印刷されていた。その上品な書体のタイトルは、僕の将来を左右する力を秘めていた。僕は内定をもらったのだ。しかも一つ目面接で。というか、まだここしか面接を受けてない。他にどこへ行けばいいのか分からなかったし、もし、ダメだったらその時また考えよう的な気軽な気持ちだった。余裕だったわけじゃ無いけど、何もかもが初めてのことで戸惑ってた、という方が正しい。

さて、内定をもらって嬉しいはずなのだけど、いや、嬉しいのは嬉しいのだけども、なんだかしっくりこない感じが残る。あのレストランで本当に僕は働くことになるのだろうか。 内定をもらったのだからそう言うことなのは分かりきっているのだけど。
でもやっぱり、このレストランで働いている自分の姿をどうしても想像出来なかった。 内定もらったのも初めてだし、就職というのも初めてなのだから誰もが同じ感じなのかもしれない。これが普通なのだ。僕は自分にそう言い聞かせて、先生にお礼を言って職員室を出ようとしたその時、先生が不意に「来週、箱根にあるオーベルジュの勝又シェフの外来授業があるから、お前、それ受けろよ」と、僕を引き止めるように言った。
僕は、「はい、もちろん受けようと思ってます」と返事をした。外来シェフの授業は月に1回ほどあって、参加は自由だったが、僕は全部逃さず受けている。だから、この授業も当然受けるつもりでいた。
でも、なぜ先生は今回だけ念押ししたのだろうか。一瞬、不思議に思ったが、そんなことより内定をもらったことへの嬉しいような不安のような、もやもやした気持ちが僕の思考をも曇らせていたから、そんなことは一瞬で頭の中から消え去っていた。

寮に帰って、公衆電話から両親に内定のことを報告した。父は「そうか。よかったな。」とそっけなかく言い放ちすぐに母に受話器を渡すと、母は「よかったね。あんたがそんな高級なところ大丈夫やろか。」と心配するような、でも嬉しそうな声だった。
給料もそこそこいいし、休みも月に6回もある。そして何より大阪でも3本の指に入る高級レストランだ。僕にとってこれ以上のレストランは無いはずなのだから、僕が一番喜ぶべきなのだと両親の声を聞いて強くそう思った。
夕食の時、寮のみんなに話したら祝福してくれた。そして寮母さんからジンジャーエールが振る舞われ、みんなで乾杯した。

僕の未来への道がグングンと伸びていく。 道の先の方まではまだ見えないけども、足元の道ははっきりと見えた気がした。

つづく