第三章-2 仲間がいたから

寮で村田とトメちゃんの二人が同じクラスだった。
当たり前のようにこの三人で一緒に学校に行くことになる。

そして初日から僕ら三人は、開始時刻の30分以上も前に学校に行き、教室の一番前の真ん中を陣取った。教室を見渡すと、ざっと数えても約100人はいる。かなりの大所帯だ。100人規模のクラスが10クラスくらいあるのだからこの学校には1,000人ほどの生徒がいることになる。 いや、それは僕の通う調理本科という和洋中全ての料理を学ぶコースの生徒数で、それ以外にも製菓コースやホテルサービスコース、専門料理コースなどいくつものコースが、この調理本科ほどの規模ではないにしても、コースごとにいくつかのクラスがあるのだろうから一体この学校には何千人の生徒がいるのだろうか。途方もない生徒数に考えるだけで頭が眩む。

各クラスに担任の先生は和洋中それぞれ一人づつの三人いるらしく、僕のクラスは中国料理の先生が一番年上で偉いみたいだった。ちなみに西洋料理の担任は信田先生で他の二人に比べてちょっと小太りの若い先生だった。30代半ばくらいだろうか。日本料理の担任はもっと若かった。20代後半くらいだろう。

初日は授業という授業はなく、担任の先生の挨拶と授業の説明で終わった。ただ、僕は教壇の目の前に座っていたせいで、号令係に選ばれてしまった。信田先生が適当そうに「授業開始の号令係はお前でいいや」と突然僕を名指しにしたのだ。そして「起立!、礼!」の練習までさせられ、ここに座ったことを後悔した。

この日は午前中で学校が終わったので、三人でランチを食べようと近くのSOGOというデパートに向かった。3階にあるフードコートでハンバーガーを食べていると、村田がカラオケ行こうと言い出した。歌は苦手だけどやることないしまあいいかと男三人でカラオケボックスへ。なんと、見掛けによらず村田はむちゃくちゃ歌がうまかった。特にチャゲアスの「SEY YES」はプロ顔負けのレベルだった。

あっという間に暗くなり寮に戻ってみんなと夕食を食べる。そして、この時流行っていたテレビドラマ「101回目のプロポーズ」を哲ちゃんの部屋で見ることになった。このドラマの主題歌も「SAY YES」だ。

そのうち僕はアルバイトを始める。 親が寮費の6万5千円は払ってくれていたがそれ以外はアルバイトをして稼ぐしかなかったからだ。とは言っても寮で朝夕と食事が出るので必要なのは昼飯代くらいで、アルバイトは小遣い稼ぎのようなものだった。学校の掲示板に貼ってあるアルバイト募集の張り紙で見つけた、天王寺駅前の近鉄デパート9階にある、壁の穴というパスタ専門のチェーン店でアルバイトを始めた。学校の帰りにそのまま近鉄デパートに直行する毎日になった。そして、ほどなくして福井にいる彼女から突然電話で振ら、れそれなりに落ち込んだが、仲間に励まされて乗り切れた。 隣の部屋のノリちゃんは学校で好きな子ができ、告白しようとチャゲアスのチケットを2枚買ったが、告白出来ないままコンサート前日を迎え、結局、彼がコンサートに誘ったのは僕だった。その後、渡辺美里のチケットを2枚買って再度挑んだがどうやら撃沈したらしく、それも僕と一緒に行くことになった。

この寮では誰かが落ち込んでたらみんなで慰め励ましたし、悩んでいたらみんなで相談に乗った。そして寮の洗面所で包丁を研ぎながら将来の夢を熱く語ったりもした。

みんながそれぞれのジャンルでシェフを目指していた。
こんなにもたくさんの奴らがシェフを目指しているのかと、僕は少し焦りも感じたが、それより心強いと感じる方が大きかった。

卒業まで1年間しかない。1年後、僕は料理人として厳しい世界に挑む。今思えば、この1年間は仲間と共に希望というバルーンの中でふわふわと浮かんでいるようだった。バルーンの外の世界の厳しさにまったく気づいてなかったから。

つづく