第二章-10 はじめて作るフランス料理

毎週、欠かさず「料理天国」を見ていたから、何か簡単なものくらい作れそうな気がしていた。だけど、どのレシピもうちでは見たこともない食材が必ずと言っていいほど出てくる。ブーケガルニとかワインとか、そんなのハニー(近所のスーパー)に売ってるだろうか。フォン・ブランとかフォン・ド・ヴォーとかいう、肉の骨と野菜から作る出汁に6時間とか10時間とかかかると書いてある。出汁とるのに丸一日かかると言うのか?フランス料理というものは、まったくどれだけの時間をかけるのだろう。途方にくれる。

野菜料理ならさほど時間もかからなさそうだし、とりあえず出来そうなものがいくつかある。例えば「ポンムフリット」なんていう料理は、どう見ても単なるフライドポテトのことだし、「サラッド・ヴェルト」というのはただのグリーンサラダのことらしい。フランス語だとフランス料理っぽく聞こえるが、こんなものもフランス料理なのか?とも思った。簡単に出来そうだけど、わざわざ作る気はしない。ただ、「ポンム・ダンファン」とか「ポンム・スフレ」とか、ジャガイモの料理だけど形の違ういくつかの料理があって、ちゃんと名前もあって、それはそれで興味深かったし、サラッド・ヴェルトにはソース・ヴィネグレットという、いわゆるドレッシングのレシピが書いてあって、こうやってドレッシングって作るのかと初めて知った。フランス料理っぽくて、ハニーに材料が売ってそうで、しかも僕に作れそうなものを必死に探した。

やはりここはメイン料理。そう、肉料理を作りたい。手に入る肉といえば、鶏か豚か牛肉くらい。うちにはオーブンがないからオーブンを使う料理は無理。そしてフォンドヴォーとか言う、作るのに10時間以上かかる出汁を使うことも避けたい。
そこで見つけたのが、「鶏肉のフリカッセ」
これはおそらくクリームシチューのようなものだ。写真とレシピのページを交互に何回も往復して僕はこの結論に至った。ただ、ブーケガルニ、白ワイン、生クリーム、そしてブイヨン用の鶏ガラを手に入れられるかが心配だ。

翌日、学校の帰りにハニーに寄って材料の買い出しをした。白ワインはメルシャンの調理用白ワインというのがあった。生クリームも見つけたがなんとコーヒカップ一杯分くらいで300円もする。肉売り場に行って鶏ガラを探したが売ってなかったが、お店の人に聞いてみると、「あるよ。いくつ欲しい?」と、いとも簡単に手に入った。ただ、ブーケガルニとなるタイム、ローリエ、ポロネギ、セロリのうちポロネギだけがどうしても手に入らない。ネギ仲間と言うことで長ネギで代用するしかないだろうと長ネギを手にとった。鶏肉は、レシピでは一羽丸ごととなってたけど、クリスマスでもないのに鶏が丸ごとは売っていなくて、胸肉ともも肉を2枚ずつ買った。これで大体一羽分だからだ。どんどん買い物かごに材料を放り込んでいったが、お金が足りるのか心配になる。軽く暗算してみると4千円を超えていた。
「た、たけえな。。。」

今月の小遣いをほぼ全部はたいてハニーを後にした。大金をつぎ込んだのだから失敗は許されない、と言うプレッシャーがのしかかる。
大きな買い物袋2つを提げて家に入ると、その姿を見てまずは玄関先にいたおばあちゃんが目をまん丸にして驚いた。続いて母が台所から出てきて、口を開けたままフリーズした。
「そんなにたくさん、なにを買ってきたんや?」
数秒後、母の口がようやく動き出した。
「フランス料理を作るんや」
僕は力強く言い放ったつもりだが、母には心配しか伝わらなかった。
「えーっ、フランス料理なんて、あんた作れるんやろか…」

正直、僕にも作れるかどうかわからない。とりあえず、レシピを見ながらブイヨン作りから始めた。2つしかないガスコンロの一つを占領し、おでんを煮る時の、うちにある一番大きな鍋でブイヨンを作り始める。その隣で母は、その鍋を邪魔そうに夕飯の支度をし始めた。今日は4時間もかかるブイヨン作りだけで僕のフランス料理は終わってしまうから、「鶏肉のフリカッセ」のお披露目は明日の夕飯ということになる。この家に今まで漂ったことのない異質の香りが漂い始めた。この異質な香りが僕の不安を大きくしていく。作り方はこれであってるんだろうか。。。
このブイヨンは本当の名は「フォン・ブラン・ド・ヴォライユ」と言う。覚えられないくらい長ったらしい名前だけど、これを作るのに何回も頭の中で唱えていたら覚えられた。それだけでもなんだかフランス料理が身近になった気がする。そして今、初めて作るフランス料理が、僕の胸の奥をそわそわさせる。

つづく