第一章-6 アルバイトをやめない理由

浮舟がオープンして7年が過ぎようとしていた。
この頃になると、両親の必死の努力の甲斐あってかお店は少しづつだが軌道に乗り始め、父はアルバイトをやめ、母も内職をやめていた。いや、実は、父はアルバイトを完全にやめていたわけでは無い。週に1、2回程度だが未だ中央卸売市場の魚屋に行っていた。
ただし、お金のためではなかった。父の真面目な働きぶりを見て、魚屋の主人が忙しい時だけでも手伝ってくれと頼み込んだのだ。父は板前だから当然魚は捌けるし目利きも出来たからということもある。でもそれ以上に、一所懸命仕事に打ち込む父が、その魚屋には必要だったのだろう。
そして、父は頼まれると断れない性格だった。

この時のことを母は半分呆れたという感じで話してくれたことがある。
「ほんと、お父さんはよう働いたわ。頼まれたからってそんなに無理してまでやらんでもよかったのに。でも断れんかったんやろ。世話になったんやから困ってる時は助けるのが当たり前やって。そう言ってたわ」
呆れた感じだったがそこには父への尊敬がにじみ出ていた。
この頃から母は、父のこのアルバイト代を1円足りとも生活費に入れる事はしなくなった。このお金は父が好きなことに使うべきだと思っていたからだ。いくらもらっていたのかすら聞かなかったという。そういえば、父はよく僕たちに小遣いをくれた。
「お母さんには内緒や」
そう言って、こっそりとお金を僕らの手に握らせてくれたもんだ。それがこのアルバイト代から出ていたのものだったのだろう。

このアルバイト先の魚屋と言うのは浮舟にとっては仕入れの業者でもある。父が後にこんな事を言っていたことを思い出す。
「ともひろ、お客さんは大事や。でも業者さんも同じくらい大事や。こっちがお金を払ってるからって業者さんを下にみたらあかん。みんな対等や。お客さんも業者さんも我々もみんな対等や。覚えとけよ」
確か、僕が初めてレストランのシェフになった時、何年ぶりかの実家で父とお酒を飲んでいた時だったと思う。

僕は小学4年生になり、その時は4組だった。松本小学校は2年ごとにクラス替えをすることになっている。ある日のこと。
学校から帰ると、父は「ちょっと一緒に来い。いいところに連れて行ってやる」と僕ら兄弟を車に乗せた。お店の定休日だったから母も一緒だった。父の表情は晴れやかで嬉しそうだった。
母はいつも通りにこやかだった。今僕らを乗せている黄色いバンの軽自動車はもう10年くらいは乗っているだろう。ボロボロだった。後部座席のスライド式のドアはすでにスムーズには開かなくなっている。開け閉めするたびに錆びた金属の擦れる音がした。

どこへ行くのか僕には分かっていた。ピアに行くのだろう。
ピアとは大型のショッピングモールの事で正式には「ショッピングタウン・ピア」と言う。家から車で10分もかからないところにあり、そこにはアイスクリーム屋もお菓子屋も、おもちゃ屋も、僕の好きなものはなんでもあった。大好きな場所だ。家族で出かけるとなると大抵はピアに行くのが我が家の定番だったから、今から行くところもピアに間違いない。

車はピアの前まで行ったが手前で左折し駐車場に入らなかった。
「あれっ?ピアに行くんじゃないの?」
僕は、窓から離れていくピアを見送りながら二人に聞いたが、それは内緒だと父は答えた。
さらに車に揺られて約5分。着いたところはお店からさほど離れていない、雑草が生い茂るただの空き地だった。
「全然“いいところ”じゃないじゃん」
アイスクリームもお菓子もない。それどころか、ただ雑草の生い茂る空き地を目の前にして僕は、おそらく弟もかなりがっかりした。同時になんでこんな空き地に?との疑問も一瞬頭を過ぎったが、やはりここがピアじゃないことのショックの方が大きかった。

この後、父の大きな決断を聞くことになる。この時の父は力強く突き刺すような目をしていた。希望に溢れる、とはこのように目力に表れるのだろう。
太陽が僕ら四人を斜めから照らし、四つの影がくっきりと、足下の緑のグラデーションに映っている。その影は僕らの背丈より伸びていた。

つづく