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小川シェフのブログ

仕事のこと

食の国籍を問う

Blog_食の国籍を問う

世界のレストランの評価軸が、いま静かに変わり始めています。
問われているのは、技術の新しさではありません。
「なぜ、この土地で、この料理なのか」という根源的な問いです。

僕は、フュージョン料理が果たしてきた役割を否定するつもりはありません。

フランス料理の技術にアジアの香りを重ねる。和の食材をヨーロッパの文法で表現する。国境を越えて料理をつくることは、料理人に大きな自由を与えました。料理は国籍から解放され、世界中の技術や食材を組み合わせることで、新しい可能性を切り開いてきたのです。

けれど、その自由が広がりきった今、次の問いが生まれています。

それは、「なぜあなたが、その皿をつくるのか」という問いです。

低温調理、発酵、泡、ピュレ。味噌、出汁、柚子、キャビア。東京でも、パリでも、ニューヨークでも、似たような皿に出会うことがあります。技術は世界の共有財産になりました。しかしその分、料理人自身の必然性や、土地との関係性が見えにくくなっているようにも感じます。

おいしいだけでは、足りない時代になりました。

世界のトップシェフたちは、いま自分の足元を掘り下げています。北欧の自然や発酵文化を世界に示したNomaのように、あるいはタイの記憶や家族の物語を料理に昇華するレストランのように、強い料理は「どこでもない洗練」ではなく、「ここにしかない理由」を持っています。

僕は、これを排他的なナショナリズムだとは思いません。むしろ、多様な価値観を尊重しながら、自分たちの文化を自分たちの言葉で語り直す動きだと受け止めています。

では、日本の料理人は何を料理すべきなのか。

僕自身、フランスで料理を学びました。プロヴァンス、ブルゴーニュ、アルザス、ブルターニュ、カンヌ。それぞれの土地に根づいた料理の文法を、現場で身体に叩き込んできました。

けれど、僕にとってフランス料理は目的ではありません。言語です。

麻布十番のAile Blancheでは、その言語を使って日本ワインとの対話をつくっています。ワインには、土地の気候、生産者の哲学、時間の積み重ねが宿っています。料理とグラスが向き合うことで、互いの意味を引き出し合う。その共鳴に、僕は食の可能性を感じています。

一方、福井のLULLでは、同じフランス料理の文法を使いながら、まったく別の土地を語っています。

福井は、海と山が驚くほど近い場所です。漁港から山里まで、車で一時間もかかりません。越前の魚、山里の野菜、雪国に根づく保存や発酵の知恵。その地形と暮らしの構造そのものが、LULLの料理の土台になっています。

これは演出ではありません。福井という土地から自然に立ち上がる必然です。

テロワールとは、フランスから輸入する概念ではないと僕は思っています。ワイン産地だけの言葉でもありません。自分が立っている土地、身体に刻まれた記憶、そこに生きる人たちの営みを深く見つめたとき、初めて立ち上がるものです。

だから僕は、ローカルを感傷で語りたくありません。

地方性は、懐かしさの飾りではありません。世界で戦うための戦略です。

食材は取り寄せられます。技術は学べます。情報はすぐに共有されます。しかし、土地との関係性はコピーできません。そこに生きる人、季節、風土、記憶、選択のチカラ。それらを料理として翻訳できる人だけが、本当の意味で独自性を持てるのだと思います。

これからの飲食店は、「何を代表しているのか」を問われる時代になります。

おいしい。美しい。高級感がある。それだけでは、もう十分ではありません。なぜこの人が、この場所で、この皿を出すのか。その答えがある店だけが、国内外の人の心に届いていくはずです。

食は、単なる消費ではありません。土地と人をつなぎ、過去と未来をつなぎ、異なる価値観を共創へと導く力を持っています。

僕は、食のチカラで未来をつくると信じています。

その未来は、どこか遠くの正解を真似ることで生まれるのではありません。自分の足元を深く掘り、そこにある価値を世界に向けて翻訳することから始まります。

ローカルは、世界のオリジナルになれる。
自分の土地に何があるのか。その問いに真剣に向き合うこと。
そこにこそ、これからの食の可能性があると、僕は思っています。

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