語る資格とは
子育てをしたこともないのに、親の苦労を語られたら、多くの親は違和感を覚えるはず。僕は、その感覚はとても健全だと思っています。
店の経営も、まったく同じ。
表面的な理屈や流行りのビジネス書だけで、飲食店の経営を平然と語る人がいる。「利益率はこうあるべきだ」「人件費はこの水準に抑えるべきだ」と、もっともらしい言葉が並べてね。でも僕は、そこに決定的な違和感を覚えます。
経営とは、知識を語ることではない。リスクを背負い、決断し、結果を引き受けることです。毎月の資金繰りに頭を抱え、スタッフの人生を預かり、時には眠れない夜と苦しみながらも向き合う。それでも「この店で未来をつくる」と腹をくくること。それが経営です。
机上の空論では、スタッフの人生も、店の未来も動かせません。
店を一軒動かすというのは、「現実と向き合う」ことそのものだからです。
もちろん、外の声に耳を傾けることは大切です。僕も、多様な価値観から学び続けています。グローバルに広がる食のトレンドやテクノロジーの進化は、確かに飲食の可能性を押し広げています。しかし、それらをどう活かすかは、現場で汗をかき、失敗を重ねた者にしか判断できません。
覚悟も痛みも知らずに語る言葉は、経営者にとってはただの雑音です。厳しい言い方かもしれませんが、僕は、そこを曖昧にしたくないのです。
なぜなら、飲食は「食の可能性」を体現する現場だからです。
料理は、人と人をつなぎ、文化を越え、未来をつくる力を持っています。その現場を支える経営は、単なる数字合わせではありません。理念と責任の上に成り立つ、覚悟の連続です。
僕は「食のチカラで未来をつくる」と本気で考えています。だからこそ、共創という言葉も軽くは使いません。本当の共創とは、同じ現実を背負う者同士が、互いの覚悟を持ち寄ることです。経験に裏打ちされた言葉だけが、人の心を動かし、組織を前に進めます。
語るべき資格は、「知っているか」ではなく、「やったかどうか」です。
そしてもう一つ大切なのは、「今もやり続けているかどうか」です。挑戦をやめた瞬間、その知識は過去のものになります。未来をつくるのは、常に現在進行形の行動だからです。
僕たちは、評論家ではなく実践者であるべき。
自ら選び、自ら責任を引き受ける。その「選択のチカラ」こそが、店を、地域を、そして世界の食の未来を動かすと僕は信じています。
言葉は、行動してこそ重みを持ちます。
その一歩が、きっと未来をつくると僕は信じています。


