第一章-12 指先の感覚
文化包丁を研ぎ終わると包丁と砥石を片付け、父は別の包丁を出してきた。その包丁は木で出来た鞘に収まっていて、鞘を抜くと、そこから細身で長い、まるで小さな刀のような包丁が現れた。その刃渡りは30㎝以上はあっただろう。表面が鏡...
文化包丁を研ぎ終わると包丁と砥石を片付け、父は別の包丁を出してきた。その包丁は木で出来た鞘に収まっていて、鞘を抜くと、そこから細身で長い、まるで小さな刀のような包丁が現れた。その刃渡りは30㎝以上はあっただろう。表面が鏡...
僕は進明中学校に進学した。松本小学校とは反対方向に歩いて10分のところにある。進明中学は市内でも悪名高く、特に僕の2つ上の先輩たちはよく警察沙汰の事件を起こしていた。廊下を原チャリが走るは、窓ガラスをバットで割って歩くは...
浮舟を閉めたことで僕たち家族の生活は大きく変わった。父も母も朝が早いのは今までと変わらないのだが、帰宅する時間が早くなったからだ。父は夜の8時までには帰ってくるし、母はだいたい6時までには帰ってくる。これは、今まで滅多に...
父はひどくショックだったに違いない。家族に対して申し訳ないと言う気持ちでいっぱいだったに違いない。もちろん、誰も父を責めなかったし、恨むこともなかった。こんなショッキングな事件があった後も父と母はいつもと同じように毎日店...
僕にとって、いや弟にとっても一大事は転校しなければいけないことだった。引越し先はここからそれほど離れていないとはいえ今の小学校の校区外となり、別の小学校に転校しなければならなかった。父と母が、「子供ら転校させるのはやっぱ...
「ここに家を建てる」父は少し興奮気味に、そして宣言するように言った。家を建てると同時にお店もここに移転する。一階がお店で二階が住居となるということらしい。この場所は福井駅から車で10分ほど北に走った市街地の外れで、すぐそ...
浮舟がオープンして7年が過ぎようとしていた。この頃になると、両親の必死の努力の甲斐あってかお店は少しづつだが軌道に乗り始め、父はアルバイトをやめ、母も内職をやめていた。いや、実は、父はアルバイトを完全にやめていたわけでは...
目の前で青い炎が輪になって整列している。その炎に蓋をするようにフライパンが被せられ、炎はフライパンの底を外側に広がろうとする。「ともひろ、ここを左手で持て」父は僕を後ろから抱きかかえるような格好でフライパンに油を薄く塗り...
翌日、学校が終わると父が校門で待っていた。僕の通う松本小学校は当時、全校生徒が1.000人を超える県内有数のマンモス校だった。各学年6クラスづつあり僕は1年1組だった。この全生徒の靴を入れておくための下駄箱が玄関には何列...
小学生になると集団登校になり、歩いて家と学校を往復するようになった。もう毎日お店に行くことはなくなった。祖母の待つ団地に帰るからだ。そうなると両親と会う時間がほぼ無くなる。 ある日、僕は自転車でお店まで行くことを思いつく...