料理人になりたくて入ったのに、3ヶ月間、料理には一切触れさせてもらえなかった
朝の5時を過ぎると、箱根の空気は底冷えしていた。
まだ日も昇りきっていない。庭に出ると、霜が芝の葉先に薄く張り付いていて、踏み込むたびにかすかな音を立てた。
僕の仕事は、庭の掃除から始まった。
落ち葉をかき集め、玄関周りの石畳を磨く。プールの水面を竿でなぞり、昨夜のうちに浮いた塵を取り除く。ホースを引いて、排水溝を流す。手がかじかんで、思うように動かない。それでも止まれない。これがここのルールだった。
「これも修行やな」
声に出してみると、霧の中に溶けて消えた。
誰も聞いていない。当然だ。
ランチタイムになると、今度は門の前に立つ。
レストランの正面入口だ。 5月に入ったばかりの頃は、箱根にもまだ冷たい風が残っていた。
立つ、といっても、ただ立っているだけではない。
車が来れば一歩前に出る。ドアを開ける。頭を下げる。お客様がゆっくりと降りるまで、片手でドアを押さえる。そして、お客様の車を隣にある駐車場へ移動する。
その繰り返しだ。
コックコートは着ていない。黒いスラックスに白いシャツ、ネクタイ、ベスト。 僕は一日に何十台という車を迎え続けた。
「いつ厨房に入れるんやろ」
心の中で何度もそう思った。
毎朝、部屋の隅に置いた包丁ケースを見る。レザー製のケースの端が少しほつれたやつ。それを持って、箱根まで来た。
でも、そのケースは開けられないまま、また夜になる。
ここに来てから一ヶ月過ぎた頃、ようやく中に入れてもらえた。
とはいっても、厨房ではない。レストランのフロアだ。
与えられたのは、サービスの補助的な仕事。
銀のプラッターを持つ。料理が乗ったプラッターを、決められた高さで保ち、お客様のテーブルの2歩手前まで運ぶ。それ以上は近づかない。お客様とは目を合わせない。もちろん、声もかけない。
手間にあるサービステーブルにこの重いプラッターをそっと置くだけ。
そこから料理をテーブルに置くのは、黒服と呼ばれるサービスマンの仕事だった。
あとは、食後のコーヒーを淹れること。
カップをソーサーに静かに置き、トレーを水平に保ったまま運ぶ。テーブルの手前で待機し、黒服が提供するのを見届けて、また戻る。
それだけだ。
なのに、上手くいかなかった。
プラッターを持つ角度が、わずかに傾く。
革靴が、音を立てる。
立ち位置が、邪魔になる。
そのたびに、静かに、しかし確実に注意が入る。
「そこじゃない」
「音を立てるな」
「まっすぐ歩け」
短い言葉が、刃のように刺さった。
指摘されるのは、料理のことではない。
「どこに立つか」「どう動くか」——それだけだった。
ある夜、ディナーの営業が終わった後、僕はひとりフロアの椅子を並べ直していた。
黒服の先輩が、遠くで什器を片付けていた。
その人の動きを、僕はなんとなく目で追っていた。
グラスを磨く手の速さ。
棚に並べる仕草。
足音の消し方。
誰もいないフロアで一人仕事をしているのに、背筋だけが変わらない。
「なんでやろ」
意識して見ていたわけではない。
ただ、気がついたら目が離せなかった。
その人がいるだけで、空間の密度が違う。
音がない。人もいない。
それでも、「誰かがここに気を配っている」という空気が、静かに流れていた。
翌日の昼、僕は再び門の前に立っていた。
いつもと同じ。
車が来る。ドアを開ける。頭を下げる。
だだ、その日、何かが少しだけ変わっていた
「ただ立っている」という意識から、「ここにいる」という意識へ。
ほんのわずかな違いだった。
お客様が車を降りるまでの、わずか数秒。
その人がどんな思いでここに来たのかを、ふと考えた。
何かに疲れて来たのか。
楽しみにして来たのか。
すべての人が、それぞれの理由でここに来ている。
日常から、この場所へ。
そして、その最初に触れる人間が、今の自分だ。
そう気づいた瞬間、門の前に立つという行為が、まったく違って見えた。
単なる雑用ではない。
誰かの「非日常の入口」を、自分が預かっている。
6月が終わる頃、僕はようやく理解し始めた。
ここで教わっていたのは、料理の技術ではなかった。
料理の前にあるもの。
場所を整えること。
空気を作ること。
人を迎えること。
そして、自分がどこに立っているかを、常に知っていること。
「料理人」というのは、料理を作る人のことではないのかもしれない。
——少なくとも、ここではそう教えられていた。
料理は、その前にすべてが整って、初めて料理になる。
皿の置き方、料理の向き、スタッフの立ち位置、玄関での3秒。
そのすべてが重なって、初めて一皿が「体験」になる。
僕は料理の腕だけを磨けば料理人になれると思っていた。
でも、この場所は、もっと手前から問いを突きつけてきた。
「お前は、何のために料理するのか」
まだ答えは出ていない。
それどころか、問いの形すら、つかめていなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
何をやらされているかじゃない。
どう向き合っているかだ。
その問いが自分の中に静かに根を張り始めたのは、この頃だった。
それを知るのは、まだ先のことだった。
つづく

