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小川シェフのブログ

仕事のこと

風土を料理する、という哲学

Blog_風土を料理する、という哲学

1997年、僕はフランスへ渡りました。プロヴァンスのMas de Cure Bourseからはじまり、ブルゴーニュ、アルザス、ブルターニュ、そしてカンヌのムーラン・ド・ムージャン。各地の厨房で身体を酷使しながら、料理人としての骨格を少しずつ作り上げていった3年間でした。

その修業の中で、ひとつの言葉が僕の芯に刻み込まれていきました。「テロワール」です。

土壌、気候、水、風、陽の当たり方。そしてその土地で生きてきた人々の歴史と暮らし。それらすべてが食材に宿るという思想——フランスの料理人たちは、皿の前に立つたびにこの問いを自分に課していました。「この食材は、どんな土地から来たのか」と。産地とは、単なるラベルではない。その野菜がどんな土の上で育ち、誰の手で摘まれたのかを知るための入口なのだ、と先輩たちの背中が教えてくれました。

帰国してから、僕は東京を拠点とし、福井にもお店を出し、鹿児島、島根、長野と、日本各地に仕事の場を広げてきました。

地方で料理を続けていると、食材の奥に、人々の生活と記憶が透けて見えてきます。鹿児島の火山灰土壌が野菜に与える力強さ。日本海の荒波が磨く魚の締まり。雪深い冬が生み出す発酵の知恵。そして、その土地の生産者と話しながら、なぜこの食材がこの味をしているのかを一緒に考える時間。

そのときに気づきました。フランスで「テロワール」と呼ばれていたものを、日本では「風土」と言うのではないか、と。

「風土」という言葉には、気候や地形だけでなく、その土地に生きてきた人の暮らし、文化、信仰、知恵までが溶け込んでいます。テロワールと風土は、根本において同じ思想です。違いがあるとすれば一点だけ。フランス人はその価値を言語化し、ブランドに変える術を持っていた。日本人はそれを当たり前のものとして暮らしに溶かし込みすぎて、言葉にすることが苦手だった。足りなかったのは思想ではなく、価値を語る力だったのだと思います。

では今、何が問われているのでしょうか。

「地元食材を使っています」という言葉は、かつては差別化になりました。「〇〇県産」「契約農家」という表記にも意味があった。しかし今は、産地名を書くだけでは価値にならない時代です。

問われているのは、なぜその食材を選んだのか、です。その土地の水、歴史、人の営みを理解したうえで皿をつくれているのか。地方食材はもはや仕入れの選択肢ではなく、その店の哲学を映す素材になっている。「地元食材を使っています」で終わる店と、「この食材が持つ土地の記憶を皿にしています」と語れる店とでは、積み上げられるものがまったく違います。

料理人の仕事は、土地の時間を翻訳することだと僕は思っています。伝統をそのまま再現するのでも、技術で均一化するのでもない。風土と向き合いながら、現代の感性とコンセプトを通じて、土地の記憶をいまの料理として立ち上げること。食の可能性を広げるとは、そういうことだと思っています。

そして、それはひとりの料理人だけでできることではありません。生産者、地域に暮らす人、食べる人——多様な価値観を持つ人々が手を重ねながら、共に未来をつくっていく。選択のチカラは料理人だけのものではなく、その食卓に集まるすべての人の間に宿っています。それが僕の言う「共創」の意味です。

グローバルな視点で見れば、地方性こそが最大の強みです。世界と対等に話せる料理人とは、海外の技法を使いこなす人ではなく、自分が立つ土地を深く理解し、それを世界に通じる皿へと変えられる人のことだと僕は確信しています。

テロワールはフランスだけのものではありません。日本にはとっくに「風土」という、同じくらい豊かな思想がありました。あとは、それを皿の言葉に変える覚悟があるかどうかです。

「食のチカラで未来をつくる」——僕がこの言葉を使い続けているのは、食が単なる消費ではなく、土地と人をつなぎ、記憶を次の世代へ渡していく行為だと信じているからです。その未来は、風土を真剣に料理しようとする人たちの、その手の中にもうすでに芽吹いています。

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