フードテック✖️料理人
今日、あるフードテック企業に呼ばれました。
話を聞きながら、久しぶりに胸の奥が静かに高鳴るのを感じていました。
ひとつ目は、浄水装置。
水道水のミネラル分を残したまま浄水し、さらに炭酸水までつくれるウォーターロジックの浄水システム。
もうひとつは、アルコールを使ってマイナス50度で一気に凍らせる急速冷凍機と、その解凍機です。
「一緒に、レシピや使い方を開発してもらえませんか」という内容です。
フードテックと聞くと、料理人の仕事を奪うものだと身構える人もいるかもしれません。
でも、僕は逆だと思っています。
技術は、料理人が関わることで、はじめて「おいしさ」になる。今回の出会いは、そのことをあらためて確信させてくれるものでした。
まず心を動かされたのは、炭酸水です。
炭酸水は、料理人にとって「使いたいけれど、使いきれない素材」でした。
細かな泡は衣を軽くし、生地をふくらませ、口の中に涼やかな余韻を残してくれる。可能性があることは分かっている。けれど、ペットボトルの炭酸水を調理に惜しみなく使うには、どうしてもコストが見合わなかったのです。それに、大量のペットボトルが出てしまう。
その炭酸水が、蛇口の水から、その場で、必要なだけつくれる。
コストを気にせず使え環境に優しいなら、料理はきっと広がります。これまで頭の中で止まっていたアイデアを、ためらわずに試せるようになる。
それに今、ノンアルコールドリンクを求めるお客様が確実に増えています。
お酒を飲まない人も、飲めない日の人も、同じテーブルで同じように楽しめる一杯をつくりたい。炭酸は、その表現の幅を大きく広げてくれる素材です。
しかも、ペットボトルを仕入れ、保管し、空になれば片づけて捨てる。その手間がまるごと消えます。プラスチックが減り、コストが下がり、スタッフの負担も軽くなる。
SDGsという言葉は、ときに大きな理念として語られがちです。
でも本当は、厨房の小さな手間や無駄をひとつずつ減らしていくことから始まる。僕はそう考えています。
もうひとつ、この浄水器に惹かれた理由があります。
水道水のミネラル分をそのまま残して浄水し、UVの光でバクテリアを殺菌する。その仕組みを聞いたとき、僕の頭に浮かんだのは、地方の風景でした。
日本には、水道水がそのまま美味しい地域がたくさんあります。
山に降った雨が長い時間をかけて地中を巡り、その土地ならではのミネラルをまとって蛇口に届く。
それでも、水道水にはどうしても塩素が入っています。安全のために欠かせないものですが、料理人の舌には、その香りがわずかに引っかかることがある。
塩素や化学物質は取り除き、その土地の水が持つミネラルは残す。
それはつまり、水の「風土」を守ったまま、料理に使えるということです。
その土地の水で出汁をひき、その土地の水で米を炊き、その土地の水で炭酸を立てる。
野菜や魚だけでなく、水まで含めてその土地のミネラルまで炭酸水として使えるなら、料理はもっと深く土地を語れるはずです。
そして、この浄水器を通した水はさらに美味しくなる。炭酸水にするとその違いがよく分かります。
次に、急速冷凍機。
料理人の世界には、長く根を張ってきた常識があります。
「冷凍は、妥協だ」という感覚です。
僕自身、若い頃はそう思っていました。冷凍すれば細胞が壊れ、ドリップが出て、食感も香りも落ちる。鮮度こそが料理の命であり、冷凍はそれを手放す行為だ、と。
でも、本当にそうでしょうか。
アルコールを媒体にマイナス50度で一気に凍らせると、氷の結晶が大きく育つ前に凍結が終わります。細胞を傷つけにくく、解凍したときに、凍らせる前とほぼ同じ状態。
説明を聞きながら、僕は思いました。
「これは時間を止める技術だ」と。
時間を止められるなら、料理は変わります。
いちばん美味しい瞬間の旬を、その季節の外へ届けられる。獲れすぎた魚や、形が不揃いで行き場を失った野菜を、価値あるまま守れる。仕込みの波を平らにして、料理人が無理を重ねなくてもいい働き方ができる。
たとえば、僕の地元、福井の港に揚がる甘えびの、いちばん甘い瞬間を料理にして閉じ込める。福井の海や山の恵みを、品質を保ったまま東京へ、さらには海の向こうへと送り出す。
冷凍は妥協ではなく、土地の恵みを遠くへ届けるための、新しい翻訳の手段になり得るのです。
ただ、ここに大切なことがあります。
機械は、それだけでは料理をつくりません。
何度で、どれくらいの時間で凍らせるのか。どの食材は凍らせる前に塩をあて、どの食材は火を入れてから凍らせるのか。解凍したあと、どう仕上げれば「冷凍だった」ことを忘れるほどの一皿になるのか。
その答えは、技術者の図面の中にはありません。
現場で手を動かしてきた料理人の、経験と感覚の中にあります。
だからこそ、「一緒に開発してほしい」という言葉が嬉しかった。
つくる人と、使う人。テクノロジーの人と、手仕事の人。
異なる専門性と多様な価値観が交わったとき、どちらか一方だけでは届かない場所へ行ける。
これこそが「共創」だと、断言できます。
世界ではいま、代替たんぱくや精密発酵など、食と技術の融合が大きなうねりになっています。
けれど、技術を「おいしさ」へと翻訳する料理人の存在は、まだ小さいように見えます。
包丁も、オーブンも、真空調理も、かつては新しい技術でした。それを自分の手の延長にしてきたことこそ、料理人という仕事の歴史そのものです。
恐れる必要はありません。むしろ料理人の側から歩み寄り、使い方を一緒に描いていくべきだと思うのです。
何を選び、誰と組むのか。
その選択のチカラが、これからの食の未来を形づくっていきます。
プラスチックを減らす選択。土地の水を活かす選択。食材を捨てない選択。働く人がすり減らない選択。
ひとつひとつは小さくても、その積み重ねが、次の世代に手渡す食卓を変えていく。
食の可能性は、まだまだ広がっています。
テクノロジー企業と料理人が手を結びます。
技術と手仕事が手を結んだその先に、僕らはどんな未来をつくれるでしょうか。


