第一章-11 13歳の誕生日

僕は進明中学校に進学した。松本小学校とは反対方向に歩いて10分のところにある。進明中学は市内でも悪名高く、特に僕の2つ上の先輩たちはよく警察沙汰の事件を起こしていた。廊下を原チャリが走るは、窓ガラスをバットで割って歩くはで、授業どころじゃない時も度々あったくらいだ。
小学生の時は先輩とか後輩とか、そんな縦社会的な仕組みはまだ存在してなかったが、中学生になると学年の序列は絶対的なものとして強要される。先輩が僕ら1年生のクラスに来ては仲間を勧誘しにくることもしばしばあった。どうやらこの中学の不良グループにはバックに高校生がついているらしかった。そんな不良に対し先生も黙ってはいない。特に体育の先生はジャンボと呼ばれ、その巨大な体に竹刀を持って、よく学校内をパトロールしていた。時には不良グループとの戦闘が繰り広げられた。
僕はそういう周りの雑音とは全く関係のない別世界で平凡で静かな学校生活を過ごしていた。団地住まいの貧乏人をカツアゲしても一円も取れないし、喧嘩もからっきしだった僕を仲間にしてもお荷物になるだけだったからだろう。

そんなざわついた中学校だったけれど、僕はこの中学校が嫌いではなかった。不良と呼ばれる先輩たちは先生に反抗し、暴力をふるったけど、一般の学生には一切手を出さなかった。不良が”わきまえる”なんて事はおかしな話かもしれないが、少なくとも誰が敵なのかは”わきまえ”ていたのだろうと思う。不良は不良なりに組織として機能していて、そこにはルールがあったのかもしれない。何の利用価値もない僕のことを可愛がってくれる先輩もいたくらいだ。そして、町の名前が学校名になる中学校が多い中、町の名前ではない、進明という学校名も、なんか新しい感じで好きだった。進明中学校は、福井市内で最も歴史ある福井五中と呼ばれる中学校のひとつでもあったようだ。

ある日、当時、人気横綱だった千代の富士がやってきて学校中が騒然となったことがある。僕と同じ学年で柔道部の高村という生徒を直々にスカウトしにきたらしい。この事は、ローカルテレビでニュースにもなった。千代の富士の大フアンだった祖母は、このことを知って興奮した。「千代の富士、見たかったわー。かっこええもんなあ」そして、千代の富士を見れなかったことをすごく残念がっていた。

こんな騒がしい中学校だったけれど、僕はこの中学校を離れなければならなくなる。
それは僕の13歳の誕生日の日だった。学校から帰ると、すでに家には父がいた。僕の誕生日に父がお寿司を握ってくれる約束だったからだ。僕はそれをずっと前から楽しみにしていた。
「ほら、これからこれを使え」
父からおもむろに手渡された筆箱くらいの長方形の箱はずっしりと重く、思わず僕はそれを落としそうになる。まるで鉄の塊でも入っているのではないかというくらい重い。どうやらこれは、父からの誕生日プレゼントらしい。

早速包みを開け、中の箱を開けるとレンガ色の石の塊が出てきた。砥石だった。それは、中砥と仕上げ砥が裏表で一つになっている特殊な砥石だった。砥石には荒砥、中砥、仕上げ砥の三種類ある。文字通りキメの荒さが違うのだが、包丁を研ぐという時は中砥を使うのが一般的だ。荒砥は刃がかけた時などに使い、仕上げ砥は刃の表面を鏡のように仕上げるための、最もきめ細かい砥石である。中砥と仕上げ砥が一体になったこの特殊な砥石で、父は僕に家の包丁を研げと言った。
「料理は包丁を研ぐことからや」
父は洗面器に水を貯め、誕生日プレゼントである砥石をその中に沈めた。
「こうして砥石に水を含ませてから使うんや」
僕は、父の指示通りにこの砥石で家の文化包丁を研ぐ。両足のつま先の位置、包丁を握る右手の角度、刃に添える左手の二本の指の力加減などを細かく教わった。特に姿勢が大事だと。そして、その姿勢を崩さずに弧を描くように砥石の上に包丁を滑らせる。その時、呼吸も意識する。

シャカッ、シャカッ、と包丁の刃と砥石の擦れるシャープな音が刃を研いでる実感となる。砥石で包丁を研ぐのは初めてだったので始めのうちは体が揺れたが、指先に意識を集中することで心が落ち着いてきて、体が揺れなくなってくる。なんだか清々しい気分だ。文化包丁は両刃なので、刃を両面とも研がなければいけない。僕は父にしたがって、片面を5分ほどづつ研いだ。すると父は僕の研いだ包丁を取り上げ、刃の状態を指先で確認しながら呟くように言った。

「家買ったんや。引っ越しする」
突然のことで僕は驚き、すぐにその意味を全部は理解できずに言葉が出なかった。”家を買った??建てるんじゃなく??”父の話によると、どうやら中古の家を買ったらしい。そしてそれは福井市内ではなく郊外とのこと。丸岡町と言う町の、その外れにある新興住宅地らしい。
”大丈夫なのだろうか”忘れていたあの事件が頭を過るのを僕は明らかに感じた。それを察したのか、父は「今度は大丈夫や。心配せんでいい」と文化包丁をタオルで拭きながら言った。そして、「初めてなのにうまく研げてるな」と僕の頭を力強く撫でた。
「お店は…」”お店は作るの?”と言いかけたが、やめた。中古の家を買ったと言うのだから店はないに決まってる。父はもう店をやらないだろうと、それはなんとなく分かっていたからだ。
こうして僕はこの騒がしい進明中学校から転校することになった。

つづく