第二章-11 俺、才能あるかも

一晩かけてコトコトと、フォンブラン・ド・ヴォライユと言う長ったらしい名前のブイヨン出汁を作ったのはいいけど、これを濾すのに一苦労した。鍋からお玉ですくってザルにあけるのだけど、お玉より鶏ガラの方が大きいのでコンロがこぼれたブイヨンでベトベトになった。濾した後、残った鶏ガラと野菜だけでゴミ箱がいっぱいになり、その湯気が、なんとも言えぬ油っぽい匂いとなって壁に張り付く。スープ用の濾し器など家にはないのでザルで濾したのだが、目が荒いのためか写真のように澄んだ出汁ではなく濁ってザラザラしている。うーん、これでいいのだろうか。。。不安になりながらも、とりあえず寝ることにした。

翌朝、冷蔵庫にしまっておいたブイヨンを見てみると、表面は真っ白な脂が薄く、プラスチックのように固まっていて、それを割るとその下からとろっとしたゼリーのようなブイヨンが現れた。なんか、これはこれで美味しそうだ。ちょっと舐めてみた。塩味はないが、なかなか美味い。

学校から急いでチャリを飛ばして帰り、一直線に台所へ向かった。「さあ、作るぞ」
ハゲはじめているテフロンのフライパンにバターを入れ鶏肉を皮目から焼いて。。。鶏肉を焼き始めると、パチパチと、思ってる以上に油が飛び散り、その激しさに焦った。白ワインを鍋に注ぐと、アルコールの蒸発するその匂いに鼻がムッとした。生クリームを入れた瞬間、茶色く、くすんでいた鍋の中身が一気に純白に染まり、美しくなめらかな、溶けたロウのようなものに変わった。木べらでその純白を混ぜると、その濃度のあるぬるっとした感覚が、僕を夢中にさせた。

出来た!
初めてのフランス料理「鶏肉のフリカッセ」が。台所は食材を包装していたパックが散らかり、シンクの中は使った道具や皿であふれていた。時計は19時を過ぎようとしていた。ゆうに3時間かかってこの料理を作り上げたのである。台所の残骸を見た母は軽くため息をついたが目は笑っていた。
そして、初めてのディナーが始まる。ちょっとワインの味が残っていて気になったけど、家族からはなかなかの評判だった。

「俺、才能あるかも」
小さな自信が芽生えた。
母が台所を片付けようと立ち上がると、父は一瞬母を見てすぐに僕を見た。いや、睨んだように見えた。
「ともひろ、最後までやらんか。料理作るんなら、片付けまでせなあかん」
「あ、う、うん」
僕はすぐに立ち上がり母の隣に並んで後片付けを始めた。父はいつもすごく優しく、怒ることなどほとんどないが、たまにゾッとするくらい怖い時がある。父の怖さは、ゲンコツで殴られたような感じでもなく、包丁で切られたような切れ味のあるものでもない。大きな手で体全体を握られたような感覚だ。

さて、次は何を作ろうか。父にちょっとだけ怒られたものの、まるでフランス料理というものを会得したかのような謎の自信と高揚感に包まれた夜だった。

つづく