秋はあっという間に過ぎ去り、気づけば冬の冷たい空気が町を包んでいた。季節の移り変わりは早く、年の瀬が近づくと、僕は冬休みを利用して実家に戻り、家族とともに年越しを迎えることになった。こたつの温もりに包まれながら、改めて箱根のオーミラドーで働く決意を母に伝えたが、母はもう何も言わず、静かに僕の話を聞いていた。そして、しばらくの沈黙の後、「身体だけは大事にしてよ」と、ぽつりと声を漏らした。その言葉に、母の不安や心配を痛いほど感じたが、僕はただ黙って頷くしかなかった。
冬休みが終わり、再び大阪に戻ると、いよいよ卒業が目前に迫っていることを実感する。オーミラドーでの修行の日がすぐそこまで来ているという緊張感が、身近な風景をどこか少し違った色合いに見せるようだった。仲間たちと過ごす時間も残りわずかになり、僕たちは日々を惜しむように、語り合い、笑い合った。
ある夜、思い出作りにみんなでカラオケに繰り出した。これまでの思い出を振り返りながら、心からはしゃいだ。仲間の一人、村田が「SAY YES」を歌う番になると、その伸びやかで確かな歌声にみんなが聞き入った。いつも、おちゃらけてふざけている彼が、ここではCHAGE&ASKAの名曲を堂々と歌い上げる姿が、なんとも頼もしく見えた。この歌は、毎週みんな一緒に部屋に集まって見ていたドラマ、「101回目のプロポーズ」の主題歌だ。僕は、このドラマのシーンが思い浮かんだ。それはここにいるみんなも同じだったと思う。僕たちの心に新たな覚悟が生まれるような感覚があった。何があっても挫けない主人公の姿が、僕たちの目指すべき姿そのもののように感じられたのだ。みんな一緒に自然と手拍子を打っていた。
カラオケが終わり、外に出るとすっかり夜も更けて、街の静けさが心にしんみりと染みわたる。寮への帰り道、みんなそれぞれに自分の未来について語り出した。東京で働くと決めた仲間もいれば、地元に戻り家業を手伝うことを決意した友もいる。そのひとつひとつを励まし合い、お互いの選択に耳を傾けながら、いつの間にか僕たちの心は一層強く結ばれていた。
そうして一つ一つの時間を大切に刻みながら、僕はオーミラドーへの旅立ちの準備を進めていった。箱根の寮へ持っていく荷物を詰める度、心は徐々にオーミラドーでの新しい日々へと向かっていた。だが一方で、仲間たちとの別れが迫っていることが心の中で徐々に寂しさを募らせていた。けれども、みんなそれぞれが夢に向かって旅立っていく。ここで出会った仲間たちが、僕の背中を押してくれるように感じた。
冬の夜は静かに、更けていく。冷たく澄んだ空気の中、僕はもうすぐ始まる新しい生活に思いを馳せ、胸の奥に湧き上がる期待と少しの不安を感じながら、明日へと歩みを進めていった。