第三章-9 秋の風が運ぶ期待

担任のノブちゃんから放課後に職員室に呼び出され、内定通知を受け取った瞬間、心臓がドキリと跳ね上がるのを感じた。その場の空気が一瞬止まったような気がした。目の前に差し出された封筒の重みが、これからの自分の未来を決定づけるものであることを実感させたのだ。オーミラドーという名が、頭の中で何度も反響する。その名はまるで魔法のように、僕の心を高揚させた。

面接を受けたのは9月の終わりだった。すでに大阪にある別の高級フレンチレストランから内定をもらっていたので、他のクラスメートが内定を手にしていく中で焦りを感じることはなかった。しかし、心の中には別の感情が芽生えていた。もしオーミラドーで働けることになったら、大阪のレストランの内定を辞退しなければならない。それに対して、どこか後ろめたさや罪悪感を感じていたのだ。そんな思いを抱えつつも、オーミラドーの面接に挑んだ結果、わずか一週間で内定の知らせが届いた時には、驚きとともに、やはりここが自分の進むべき道だと感じた。二つ目の内定を受け取ったことで、今後の選択が一層重みを増していくのを感じた。

職員室を出た僕は、深呼吸をして涼しい秋風を胸いっぱいに吸い込んだ。風が頬を撫で、その涼しさが心地よかった。秋の訪れを感じながら、心の中ではすでにオーミラドーで働く自分の姿が浮かんでいた。料理の準備に追われる忙しい日々、磨き上げられたキッチンの中で、先輩たちに囲まれながら技術を学んでいく自分を想像すると、期待と興奮が抑えきれなくなった。

内定をもらった興奮が冷めやらぬまま、僕はすぐに寮の公衆電話から実家の両親に電話をかけた。大阪に来て、寮でのはじめて一人暮らしでは、こうして家族と喜びを分かち合える瞬間が、心の支えになることが多い。電話がつながると、早くこの嬉しい知らせを伝えたいという思いで、自然と声が弾んでいた。

「お母さん、箱根のレストランから内定もらったよ!」僕のその一言に、電話の向こうの母は一瞬沈黙した。次の瞬間、驚きと戸惑いが入り混じった声で、「えっ?大阪のお店に勤めるんじゃなかったの?」と返ってきた。その質問は当然だった。夏休み前に、大阪のフレンチレストランから内定をもらっていたことを、母もよく知っていたからだ。

電話越しに感じる母の戸惑いは、家族にとっても僕の進路が大きな意味を持っていることを再認識させた。福井の実家から遠く離れた大阪で働くつもりだった僕が、さらに遠い箱根のオーミラドーを選ぶことへの不安が、母の声ににじんでいた。

「箱根って、そんな遠いところに行くんか?」と母は続けた。その声には、遠く離れた土地で生活することへの不安が滲み出ていた。

そんな母の心配もよそに、僕は心の中で既に決断を下していた。オーミラドーで働くことは、自分にとって大きなチャンスであり、この機会を逃すわけにはいかない。母から父に受話器が渡り、静かに父が口を開いた。

「自分で決めたんだから、ちゃんと修行してこい。」その言葉には、父らしい厳しさとともに、僕への信頼が込められているのを感じた。父はいつも、自分の選択に責任を持つことを強調してきた。だからこそ、彼のその一言が、僕の背中を力強く押してくれるようだった。

家族との会話が終わり、自分の部屋に戻ると、改めてオーミラドーでの生活が現実のものとして迫ってきた。箱根の山々に囲まれたホテルでの修行の日々、そこで待ち受けるであろう厳しい修行、そしてそこで学べるであろう貴重な経験。それらが次々と頭に浮かび、そのたびに胸が高鳴った。もちろん不安が全くないわけではない。しかし、それ以上に、自分の手で未来を切り開いていく喜びが大きかった。

これからの道のりは決して平坦ではないだろう。秋が深まるように、僕の中の決意も一層と固まっていく。色づいた木々が冬に向けて葉を落とすように、僕もまた、今までの自分を一つ一つ脱ぎ捨て、新しい自分に生まれ変わっていくのだろう。オーミラドーでの修行の日々が、その第一歩になることを確信していた。

外に出ると、夜の空気が冷たくなっていた。秋の風が頬に触れるたびに、これから迎える試練と、それを乗り越えるための決意を再確認するようだった。星空が広がる中で、僕はその先に待つ未来を見据えた。オーミラドーでの生活が、どのような形で僕を成長させてくれるのかはまだ分からない。でも、確かなのは、その場所で得るものが、自分の料理人としての道を大きく切り拓いてくれるということだ。

こうして、秋の夜は静かに更けていった。両親の心配を胸に、そして自分自身の期待を胸に、僕は来春から始まる新しい生活に思いを馳せた。オーミラドーでの修行が、僕にとってどれほどの意味を持つのかを、今はまだ測り知ることはできない。ただ、その道が僕をより一層成長させてくれると信じて、明日へと一歩踏み出していくのだった。