調理師学校の卒業式は、入学式と同じく大阪城ホールで行われた。あの広大なホールに、また僕たちが集まる。椅子の列がどこまでも続いていて、いったい何千人の生徒がいるのだろうかと目を見張る。そのすべてが、料理の道を志す者たち。入学の頃は「珍しい選択肢」くらいに思っていた料理の世界が、こんなにも多くの人の人生の中心になっている。その事実に、改めて驚かされる。
僕は入学式の時と同じスーツを着て式に出席した。ブルーのかかったグリーン色の少し目立つスーツ。今日で三度目の着用だ。最初は入学式、次に箱根オーミラドーの面接、そして今日。スーツに袖を通すたびに、その時々の緊張感や覚悟が蘇る。今日の僕は、どんな顔をしているだろうか――鏡を見ても、何かが変わった気がするのに、目の奥にはまだあの日の自分も残っているような、そんな不思議な気持ちだった。
式が始まり、いくつかの賞の授与が始まる。皆勤賞、努力賞、優秀賞、そして最優秀賞。僕は、皆勤賞と努力賞をもらった。特別に何かを成し遂げたわけではない。でも、1年間、休まずにここまでやってきた自分を、ほんの少しだけ褒めてもいいのかもしれない。
ステージに上がるとき、あまり緊張はしなかった。ただ、会場の空気の重みだけがずっしりと感じられた。最優秀賞の発表の時、壇上に呼ばれた男女それぞれ一人の姿は、どこか光って見えた。きっと彼らは、本当にすごく優秀なのだろう。そして人一倍努力もしてきたのだろう。でも、その光がまぶしいとは思わなかった。むしろ、眩しさの裏側にある努力や葛藤を想像すると、僕は自然と拍手を送っていた。
式が終わると、ホールの外はすっかり夕暮れ色だった。仲間たちと最後の写真を撮り、互いに「元気でな」「またどこかで」と声をかけ合った。別れの言葉の一つひとつが、温かくて、少し寂しい。寮に戻る道も、なんだか妙に静かに感じられた。荷物をまとめていると、いよいよ本当にここを出ていくのだという実感が湧いてきた。
卒業式にも来てくれていた両親が寮まで迎えに来てくれた。段ボールに僕の荷物を積み込むとき、父が何気なく言った。
「一年、よく頑張ったな。」
その一言に、思わず胸が詰まった。特に目立つ成績を残したわけじゃない。でも、僕なりに悩んで、必死にやってきたことを、父がちゃんと見てくれていたことが嬉しかった。
実家に戻ると、なんだか時間の流れがゆっくりに感じられた。お盆と正月に帰ってきた時と違って、今回は「もう大阪には戻らない」のだと思うと、不思議な静けさがあった。家の中の風景は変わらないのに、自分がどこか別人のように思えた。
そして、いよいよ箱根への旅立ちが近づいてくる。一週間後には、オーミラドーでの修行が始まる。父がカレンダーに印をつけていた。気がつけば、カレンダーのその日付に、僕は何度も目をやっていた。
料理人としての人生の、最初の一歩。今度は、もう学校じゃない。評価してくれる先生も、すぐに手を差し伸べてくれる仲間もいない。待っているのは、本物の現場と、プロとしての厳しい世界。
――甘えは許されない。
その言葉が、頭の中をぐるぐると回る。けれど、不思議と恐れよりも、気持ちの奥底から静かに湧き上がる「やってやるぞ」という思いの方が強かった。
夜、布団に入りながら天井を見つめていた。窓の外では、冬の風が木々を揺らしている音が聞こえる。冷たくて、でも澄んだその音は、まるで「行ってこい」と背中を押してくれているようだった。僕はその音に包まれながら、目を閉じた。
明日から、人生が動き出す。
それは、誰のためでもなく、自分自身の未来のために。